Satsuki Laboratory's blog

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ようこそ♪
和光大学現代人間学部身体環境共生学科大橋さつき研究室の活動報告ブログです。

「ムーブメント教育・療法」や「ダンスパフォーマンスプロジェクトMerryZome(メリーゾム)」、
研究室、ゼミ生の活動をお伝えしています。

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    虹の子の森 (07/16)

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 昨日、ケイスケ先生のお通夜でした。

 日本舞踊の師匠が、教えてくださった話を思い出しました。

 誰かがお亡くなりになったときに、「息を引き取る」という表現をしますが、これには、ただ単に「呼吸が止まる」という意味だけではなく、亡くなられる方の「息」を残された人達が引き取る…、「いのち」を伝えていく、という意味も含んでいるのだ…と。

 死んでいく人が「息を引き取る」のは、残された家族や友人に「いのち」を引き取られる…ということ…、つまり、残された者たちが、亡くなっていく方の息を引き継ぐ、「いのち」をつないでいく…という意味があるのだそうです。

 日本語持つ意味の深さ、美しさ…、日本語ってすごいなって思いました。

 「いのち」は消滅したり断絶したりするものではなく、次から次へと伝えられていくものだという考え方を再確認です。
 
 いのちはいのち、つづくはいのち、いのちはいのちによって…。
  (2月の催しの企画について、最首悟先生からいただいた言葉です…)

 今日は、悲しいお知らせが届きました。

 尊敬するケイスケ先生がお亡くなりになったそうです…。

 私が着任した翌年度には定年退職されたので、ご一緒できた時間は少しなのですが、和光大の楽しみ方を身をもって教えてくださった、仙人様のような方でした。

 お弟子さんのような学生さんや卒業生の皆さんがいつも研究室に溢れていて宴を催しながら、ちょっぴりほろ酔いのケイスケ先生と活発な議論を交わしていました。

 会議中も、ふらりふらり、悠々と過ごしておられるのに、ここぞというところで、鋭い目を開いてズバッと発言なさる姿に「かっこいい〜」としびれておりました。

 全てを見透かされているようで、お話するときはどきどきしながら癒されました…。何を言われるか怖いけど、何度もお話を聞きたくなる…そんな先生でした。

 定年の年、古稀のお祝いの宴会にで、何代ものゼミ生達が集まった席で、照れて嬉しそうに笑っている先生の姿…。

 当時、古稀の意味が「人生七十(しちじゅう)古来(こらい)稀(まれ)なり」=古来七十まで生きる人はめったにいないと言うことだと知り、「今の時代、70歳まで生きる人は沢山いるけど、たしかにこの人は『稀なり』…だ」と考えたのを思い出しました…。
 大学の様々なことが移り変わる中、ケイスケ先生だったら、こんなとき何とおっしゃっただろうか…と自然と考えてしまうことが何度もあったように思います。

 ケイスケ先生の為さること、周りの学生さんや卒業生の皆さんの姿…、貴重な有り様を生で体感した者としては、今、和光らしさとは何だろう…と迷うばかりの日々だからこそ、今回の訃報は思った以上に重くこたえているのかもしれません…。

 なんだか、今日は脱力で、ちょっとぼぉっとすると涙がこみ上げてきそうなのです…。

 あまり体調がよろしくないと随分前からうかがっていたのに、お手紙を交わしたり、他の先生と思い出話を何度もしていたのに、なぜにもう一度、直接に会いに行こうとしなかったのだろう…と悔やみます。

 なんだか、もう一度近いうちに会えると勝手に思い込んでいたような気がします…。

人の命には「約束」がないと言うことは解っているのに…、私にとっては「仙人」のような方だったからでしょうか…。後悔です…。

 今日は、「身体表現とパフォーマンス」の授業の日でした。
 9年前に初めての学生達と発表会を企画したとき、ケイスケ先生が励ましてくださり、本番も暗いホールに観に来てくださって「よくぞ、やった!」と褒めてくださいました。

 今年も12月初めに発表会を開催しますが、この授業も色々な意味で実施が難しくなってきたと感じています。

 今後については悩むことは多々ありますが、とにかく、今年度は、先生への感謝の気持ちを込めて、今年の学生達の舞台づくりに丁寧に寄り添っていこうとあらためて誓いました…。

 ケイスケ先生、ありがとうございました。

 ご冥福をお祈りいたします。

 


 今日は、大学外で研究打合せ…。
 久々に電車にのって都内に出かけました。
 子どもを産んでからすっかり車での移動に頼ることが多くなったので、電車に乗って出かけるだけで新鮮です。
 通学通勤中の電車の中での読書が毎日の楽しみ、栄養源でしたが…、最近は栄養不足ですね…駅にある本屋さんで手に取った本を今日のおともに…。

 
『祈る力』対本宗訓著(角川oneテーマ21)

 震災以降、学生や卒業生と各々に今感じること考えることを話す機会を設けてきましたが、
震災を受け「祈り」が日本のキーワードのように語られるようになっていることが話題となり、その時、ゼミ生のげんちゃんが「ぼくは神社では祈っている、祈りは感謝だ、神社で願ったことは一度もない」と発言したことがずっと心に残っていて、「祈り」と「願い」について私も色々と考えていました。なので、つい手に取ってしまいました。
 
 この本の著者は、「祈り」と「願い」の違いについて次のように述べています。

「<祈り>とは本来、神などの超越者に向けて念じるものでした。つまり、特定の“聖なる”崇拝対象に「思い」をささげることが祈りです。その “聖なる”対象とは、神などの絶対者であったり、仏や菩薩などの救済者であったり、あるいは歴史上の聖者や教祖であったりするかもしれません。また、太陽や山などの自然物がその対象になることも珍しくはありません。つまり、人知を超えた畏敬すべき存在に額ずき、人力を超えた畏怖すべき現象に打たれるところに、自ずからなる<祈り>という行為が生まれてくるのです。そしてその<祈り>には、超越者を前にした自己の有限さと無力さの自覚があると言われます。いっぽうで<願い>があります。これはどちらかというと個人的な望みを表出したものです。したがって必ずしも神様のような聖なる超越者の介在はありません。実はこれら<祈り>も<願い>も、そこにはたらいているのは私たちの「思い」です。「思い」の力をどうはたらかせているかの違いで<祈り>と<願い>が分かれてきます。簡単に言うならば、<祈り>は「思い」が神仏をとおしてより普遍的なものに向いていますし、<願い>は「思い」がシンボルをとおして個人的な願いに向いています。」

「ささげる<祈り>も、かける<願い>も、どちらも大切な人間の営みです。どちらに優劣があるわけでもありません。その時その時にしたがって、その状況その状況に応じて、私たちは<祈り>をささげたり<願い>をかけたりします。ただ、<祈り>は個人を超えた「思い」がはたらきます。つまり多数の人々が共有できる普遍性があります。それに対して<願い>はどちらかというと個人的な「思い」のはたらきとなります。大まかではありますが、<祈り>は神に通じ、<願い>は人に通じると言い換えていいかもしれません。」


う〜〜〜ん、う〜〜〜ん。


 「願い」は個人的な事柄が中心で「こうなってほしい」という願望。

 「祈り」は今このときに感謝しそれを全体的に分かち合う気持ちがある、という宣言のようなものかもしれません。

 「願い」は「これが足りない、だから欲しい」という、まず「今、足りていない」という認識があって不足するものを望む思い、祈りは「今自分は満たされています、ありがとう」という感謝が基本にあってその上でこれからも自分にとって最善のことが起きると信じる…というか…。


う〜〜〜ん また、皆と一緒に考えてみます…。



 8,9月中の日記、「下書き」のまま公開できずにいたものをいっぺんに、どばっとアップしました。実は、まだ下書きで止まっているものもあります…。

 学生の宿題ではありませんが、溜め込まず…に少しずつでも継続して…を大事にせねば…と思います
 
 今年の夏、お盆は故郷の長崎で過ごしました。

 8月15日、親戚のおばさんの初盆で、久しぶりに「精霊流し(しょうろうながし)」に参加しました。故人の霊を船に乗せ、西方浄土へ送る長崎の伝統行事で、爆竹や鐘の音が鳴り響く中、家族や友人が精霊船を引きます…。

 初盆の死者送りの行事は全国にも色々あると思いますが、長崎の精霊流しは独特の発展をとげていると言われています。
(少なくとも、有名なさだまさしの歌の静かで寂しいイメージだけでやってくるとエライ目にあいます…

 見た目は派手でにぎやかな催しになっていて観光客も多いのですが、やはり、親しい人の船が出ると家族や親戚が集まって船を手造りしながら故人をしのぶという過程に本来の意義を感じます。

 また、子どもや若い人の遺影を掲げた船を見ると切なくなってしまいます。

 5歳の長男Qも従姉妹達と一緒に歩かせてもらいました。

 歩きながら精霊船の意味を説明しましたら、「ママ、こんなにたくさんの人が死んでしまったの…!?」と幼いなりに衝撃を受けた真剣な表情で、一つ一つの船をしっかり見つめて歩いていました。

 鉦の音に合わせて、「ドーイドーイ」の掛け声を唱えながら歩きました。今頃になって、「ドーイドーイ」ってなんだ?と思って調べたら、南無阿弥陀仏がなまったもので、ナムアミダブツ → ナンブアイダー → ナーイダイ → ダーイダーイ → ドーイドーイ となったと書いてありました。(ここまで変化しちゃったら聞いてもわかりませんねぇ〜)。

 船を届ける場所に辿り着いたころ、急に激しい雨でずぶ濡れになりましたが、なんだか、別れがさびしくておばちゃん泣いてるのかな…なんて思ったりもしました。
 
2011-08-15 18.16.53.jpg

 長崎、8月は精霊流し、そして、10月はおくんち…。

 今年のおくんちは、友達が出るので帰りたいけど…、仕事が続いていてちょっと無理かなぁ〜〜〜
 なかなか気持ちの整理ができず、そして、目の前のことにバタバタと追われてばかりの毎日で、2ヶ月以上このブログを書けずにいました。
 
 まずは・・・、
 
  3月11日の地震被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
  あらためて、日本中に笑顔が増えていくことを心から祈っています。

 先週末は、今年度2回目の岡上こども文化センターでの親子ムーブメント教室でした。

 こども達もお父さんお母さん、そして学生もとても楽しそうで、私も元気になりました。

 プログラムの内容や参加者の様子は別の記事で報告しようと思いますが、当日は、発達障害児の家族を支援するサイトを運営する会社の方から取材を受けました。

 質問をいただいて、プログラムの解説や学生達の取り組みが発展してきた経緯を説明するうちに、あ〜、いま、自分はそう考えているのか・・・と気づき、自身が大事に想ってきたことがどんなことだったのかを確認することができました。

 自分の想いや考えは「ため込まずに出す」ことが必要で、それを他の誰かと共有できればそれだけで喜びなのだと、あらためて知りました。ありがとうございました。

 はやいもので、今年で和光10年目を迎えます。毎年、桜の季節は、卒業していった学生達のことを想ったり、新しい出逢いに期待したり、慌ただしい中にも、桜を見ながら色々と想うことがあるのですが、

 今年は本当に大学の桜と語り合う時間がありませんでした。桜の方もいつ咲いていいものか・・・と戸惑っているように見えました。

 とにかくこの瞬間を留めようと思って、撮ったB棟裏の桜の写真です。

 障害児支援、家族支援、地域支援、学生支援、そして、震災復興支援・・・、自分が関わる取り組みにある「支援」ってコトバにも、なんか違うな・・・と感じるようにもなっていて、笑顔が笑顔を呼ぶ好循環の中で皆が元気になる方法について、あきらめずに考えていきたいな〜と思っています。

 そんなところです。また、ため込ますに出します・・・ね

 2011年度もよろしくお願いいたします。

すっかり、遅くなってしまいましたが…、

 あけましておめでとうございます

 今年も皆様にとって幸せな一年になりますように…。


 年末はクリスマス前から実家の長崎でゆっくり過ごしました。

 0歳6ヶ月〜5歳までのチビ孫5人が勢揃いして、ちょっとした託児所のようで大変でしたが、父も母も子ども達も皆楽しそうで、私も嬉しかったです。
 そして、珍しく雪が積もり、Qは従姉と一緒に雪合戦でじぃじ怪獣をやっつけてました。

  

 実家に帰るといつもそうなのですが、脳みそも身体もすっかり「長崎時間」になってしまい、戻ってくると、こちらでのペースになかなかついて行けず、浦島太郎のような気分です…

 Callの風邪をもらってしまって、移動の疲れも出たのか、正月早々鼻声です…。
 健康第一でしゅ、… 治しましゅ…

 今年もどうそよろしくお願いいたします。
 昨日は、「おばあちゃんの子育て」は人間だけ…について書きましたが、

 そのこととも関係しますが、「経験による知恵」を次の世代に積極的に伝えようとするのも人間だけなのだそうです。

 動物は、ある個体が何かをするときに、他の個体が何をしているかということからヒントを得るという意味で「学習」するものはいるけれど、積極的に「教育」する動物は人間以外にはいないそうです。

 つまり、人間だけがいろんなことを効率よく積み重ねて、経験による知恵を次の世代に伝えることができたからこそ、高度な文化文明を持ち得たのだろうと考えられています。

 月日の経つのははやいもので、うちのゼミもいつのまにか来年度は10年目を迎えます…(きゃー、コワイ…そりゃぁ、歳をとってますよ、確実に…。)

 「文化」と呼ぶにふさわしいかどうかは別として、それなりに経験の蓄積があるはずで、それらをどう繋ぐべきか…、唯一ここに「留まる者」としての私自身の役割について色々と考えて悩んでもきました。

 未だに答えは出ていませんが、最近では、流動的なコミュニティであることにも意味があるのだと、「先生」という立場から仕掛けて強引に繋げることの効果に対しては、いい意味で「諦める」ようになりました。

 卒業生も含め学生達の様子を振り返ってみると、大抵の場合は、今、自分自身が真剣に取り組んでいることに精一杯で、それが一番大事なんだと私は考えています。

 そのときそのときの学生達がこの「場」を利用して思う存分楽しんでくれればいい、それでいい、それがいい…と思っていますが、もちろん、流動的であるがゆえに共同体の存続という面での不安定さは否めないわけです。

 そのせいか、時々、自分が体験した「場」に対する感謝の表現を超えて、その「場」の意義を「伝える」ことに懸命になる者が出てきます…。

 最近よく、以前3期生達が卒業を前にして、私の知らないうちに企ててしまった展示のことを思い出します。

 決して立派なものではなかったけれど(…ごめん…、自分達の経験したことが内輪うけのただの思い出に終わらないように、巣立つ前に、少しでも多くのことを伝えたい、残したい…何かしないではいられない…という強い想いの現れだったのだだろうな…と…。

 でも、卒業前の学生達が皆同じように考えて行動するわけでもなく、また、必ずしも「場」への参加頻度や経験の度合いに比例するというわけでもなく…、

 この「場」の「遺伝子」を次の世代に伝えようとする行動やその想いの強さが何に起因するものなのかしら…なんて考えつつも、引き継いで残そうと目の前でジタバタしている学生達の存在を心から有り難いと思っています…。

 でも、多分、学生達がここで体験したことのエキスみたいなものが彼らの身体にしっかりと宿り、もっとずっと先、ずっと遠くの私の直接知らない誰かに伝えられたとして、それではじめて意味があるんだろうなぁと思ったりもして…。

 いや〜、歳をとったもんでしゅ…もっと、遊ぼうっと…


 ゼミの3年生を中心に「MerryZome012〜熱(ほとぼり)〜」が始動しました…。
 2月18、19日に本番です。本番まであと80日だそうです…げげっ

 
 教育実習中のOくんの研究授業を参観に、小高い山の上にある中学校にお邪魔してきました。女性の校長先生が温かく迎えてくださり、Oくんの頑張っている様子や教育現場に関わるお話を聞くことができました。

 校長室はじめ至る所に生花が飾られていたり、すれ違う先生や生徒達が笑顔で挨拶してくれたり、直感的に「いい空気」と思いましたが、校長先生のお話や研究授業での生徒達の様子に、「あぁ、いい学校なんだな〜」と感じました。
 Oくんから「毎日学ぶことが多くとても勉強になっている」とメールをもらっていたのですが、彼ののびのびとした姿に、恵まれた環境で実習に取り組めているようで私も嬉しく思いました。

 本当は、朝早くから初めての場所に出かけるのは、いつもと違うペースで準備せねばならず、小さな子どもを抱える身としては億劫で、気の重い仕事だったのですが、現場の空気に触れるのはやはり新しい気づきを生みます。おかげさまで嬉しい朝を過ごすことができました。

 帰り道、山を下る中、見事な秋の紅葉にも心和み元気をもらいました。

 校長先生がお話の中で、さらっと「生徒達は私達教職員の鏡ですから…」とおっしゃいました。

 生徒の心は正直で敏感で、教職員が自分達をどう見ているか、どう想っているか、教職員自身が何を大切に考えているのか、どのように生きているのか、それに狂うことなく鏡のように反応するものだと…。

 「生徒は教師の鏡」…初めて聞く言葉ではなかったように思いますが、教育現場で当事者の言葉として「生(なま)」で受け取ると、ずしんと胸に響きます。

 「子は親の鏡」…というのもよく聞く言葉ですが、大人達は日常の中でそのことをつい忘れてしまい、子ども達だけを分析、評価してしまいます。

 「生徒」と「学生」の違いはあり、大学生を子ども扱いすることとは話は別ですが、それでも、大学の「先生」としても忘れてはならないことだと思いました…。

 「先生」がもしも彼らを軽蔑していたら、その考え方が言葉や態度に出てしまうだろうし、それを若い彼らは敏感に感じ取ってしまうのだと思います。

 そして、鏡のように軽蔑した対応をとる…。そこに学び合いの関係なんて生まれるはずがない…。

 そんな基本的なことさえも見失いがちになる「大学の先生」のお仕事に、未だに色々な矛盾を感じる私ですが、秋の景色の美しさに心躍る瞬間を分かち合える同僚に感謝しつつ前向きに過ごしていきたいと思います…。


 長崎県出身の私にとっては、やはり特別な日です。

 65回目の原爆の日を迎えた長崎では、今年も、平和公園で「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、被爆者や遺族、首相らが参列し、多くの方が原爆死没者に祈りを捧げました。

 長崎平和祈念像…
長崎の子ども達はこの像の持つ平和のメッセージを知っています。この像は神の愛と仏の慈悲を象徴し、上に指さした右手は原爆の脅威を、水平にのばした左手は平和を、軽く閉じたまぶたは原爆犠牲者の冥福を祈っていると言われています。

長崎では、8月9日は、ほとんどの学校が登校日になっていて、平和について考えます。原爆投下時刻の11時2分には、サイレンが鳴り、黙祷をささげます。

11時2分を指したまま針が止まった時計。
青空に噴き上がる巨大なきのこ雲。
思わず目を覆ってしまうような写真や影像、映画をたくさん観ました。
被爆者の方の生々しい体験談も聞きました。
暑い日にむしむしする体育館に集められ、子どもながらに、悲惨な情景が目に焼きつき、臭いまでしてくるようで、毎年夏にやってくる恐怖の一日でした。

身体にたたき込まれた原爆に対する恐怖と戦争に対する嫌悪が長崎の子ども達には共通にあると思います。
もちろん、広島の子にも同じように…。似たようなことが多分沖縄の子にも…。

でも、大学で上京して、このような体験が特定の地域の子ども達だけのものであるという現実を知り、かなりショックを受けたのを覚えています。

学生や友人が長崎を訪れることになったとき、「おすすめ観光スポット」を訪ねられると、私は観光…っていうか、楽しくはないだろうけど、原爆資料館にはぜひ行ってください…とお願いします。日本中、いや、世界中の人に訪れてほしい場所です。



 母校のゼミの先生、お茶の水女子大学名誉教授の石黒節子先生がここ数年取り組んでこられた「飛天プロジェクト」の成果報告を兼ねた舞踊公演「散華の瞬間〜猗天"ファイナル〜」が新国立劇場小劇場で行われました。

 懐かしい方々とお会いしながら、先輩、後輩が舞う姿を観て、久しぶりの舞台空間を楽しみましたが、公演後のトークセッションでの話も面白かったです。

 石黒先生が「宇宙開発科学109の人からすれば、『無駄』、『合理的でない』と思われるようなことに、必死で取り組んだ。」と話されていて、舞踊そのものの意義についてあらためて考えました。

 近い将来、人類が宇宙で生活する夢は語られますが、文化や芸術の域まで視野に入れた取り組みは世界で初めてで、かなりインパクトを与えたようです

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 プロジェクトは、まず、敦煌の壁画や日本の飛鳥時代の飛天図をもとに着想されたそうですが、さらに、私が学生の頃、石黒先生がよく話してくださったインドのシヴァ神が踊る神話のイメージもこのプロジェクトの根底にあったと知り、古来と未来をつなぐ舞踊の力を感じました

 ある意味、世界の科学の叡智を集め、最高に効率化、合理化された宇宙開発の世界で、究極の「遊び」を実践したのだと思うのです。

 いつも超現実の世界で生きているような先生だったのですが、その先生が、「これほど、つらく、又楽しいことはありませんでした」と記していて、
大人が本気で遊びぬく姿勢、一生楽しみ続ける生き方の真髄みたいなものを感じました…